地球で起きるさまざまな出来事をまとめたニュース

    サイエンス

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    1:2016/10/20(木) 12:22:09.76 ID:
    【プレスリリース】DNAが2倍になったカエル | 日本の研究.com
    https://research-er.jp/articles/view/51437
     
    何百万年も前、ひとつのカエルの種が2種に分かれました。その何百年後に、今度はその2種が、異種交配と全ゲノム重複により一つの生物の中に異なる2種類のゲノムをもった「異質四倍体」のカエルとなりました。このような興味深い事例が、アフリカツメガエル(学術名:Xenopus laevis)で起こっていたことがわかりました。アフリカツメガエルは、近縁種のネッタイツメガエル(学術名:Xenopus tropicalis)の2倍近い数の染色体をゲノム中に含んでいるのです。

    生物によっては、その進化の過程において何百万年もの年月の間に染色体の数が増える様々な事象が起きています。なかでも、全染色体の数が倍増する事象のことを倍数化と言い、脊椎動物では、その起源となる系統の中で、少なくとも2回、異なる倍数化が起きています(すなわち四倍体になっています)。今日、哺乳動物、爬虫類、鳥類では、染色体の数が通常ではないものを見つけることは稀ですが、倍数化は魚類、両生類、植物では今でもよく見られる現象です。

    アメリカツメガエルのゲノム進化を調査する本研究チームを牽引してきたのは、カリフォルニア大学バークレー校教授で、沖縄科学技術大学院大学(OIST)分子遺伝学ユニットの代表をつとめるダニエル・ロクサー教授、東京大学の平良眞規教授、カリフォルニア大学バークレー校のリチャード・ハーランド教授です。この大型共同研究には、世界中から様々な大学や研究機関が参加しました。Nature誌に掲載され、表紙を飾った本研究は、アフリカツメガエルのゲノムの中にある2種類のゲノムが、絶滅した二つの祖先種の染色体の2セットから成り立っていることを明らかにしました。

    OIST分子遺伝学ユニットのポスドク研究員であるオレグ・シマコフ博士は、進化途中の分岐から、その後に起きたアフリカツメガエルの祖先種の融合までの間の何百万年という時間を決定づけるためのアルゴリズム(数式)を開発しました。このような時間の長さの計算を可能にするため、アフリカツメガエルのゲノムの中で遺伝子がどこに位置するかを見極める必要がありました。それは、DNAのどの領域がタンパク質遺伝子をコードしていて、どの領域がタンパク質遺伝子をコードしていないかを見極める作業のことです。コンピュータの自動処理によりこの作業が簡略化されましたが、数多くの間違いも出てきます。そこで、遺伝子記述の間違いを人の目で確認する作業が必要となりますが、それを担ったのが、OISTマリンゲノミックスユニットの安岡有理博士です。本プロジェクトに欠かせない安岡博士の専門性は、同博士が東京大学大学院在学中に、平良眞規教授の指導の下で培われました。「発生生物学分野での自分の経験を活かし、アフリカツメガエルの発生プロセスに関わる遺伝子を数多く調べることができました。」と安岡博士はコメントしています。

    カリフォルニア大学バークレー校でロクサー教授が率いる研究室のかつての大学院生で、Nature誌論文の筆頭共著者であるアダム・セッション博士は、以下のような解説をしました。「私たちの研究の中で最も驚くべき発見は、現存のアフリカツメガエルのゲノムをふたつの別々の染色体のセットに分け、それぞれが祖先種由来のものであることを明らかにできた点です。植物の研究では、今も現存する近縁種を使って似たような結果を導き出すことは可能ですが、本研究では、世界で初めて、二つの絶滅した祖先種からこのような結果を出すことができたのです。」

    この大型共同研究では、他の動植物の進化研究に応用可能な、ゲノム重複に関する新たな知見を得るに至りました。OISTのシマコフ博士は「アフリカツメガエルは、細胞生物学や発生生物学の分野において非常に有用なモデル生物なので、倍数性進化を研究するには、理想的な生物と言えます。」と説明しています。
    2:2016/10/20(木) 12:26:30.65 ID:
    「美おっぱいグランプリ」がネット上で物議 マスコミに苦言も
    https://t.co/egbfg9IuPu
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    1:2016/06/09(木)22:36:28 ID:
    絶対的な美の基準がこの世に存在するのかどうか
    西洋人の顔つき(明るい髪色、パッチリした眼、彫りの深い顔)
    身長、バストヒップ
    なぜこれらを美しいと思うのか?
    2:2016/06/09(木)22:37:12 ID:
    丈夫で長持ち積極的!?
    『美人とブサイクの差は何??西洋人は美人が多い??』の続きを読む

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    1:2016/10/10(月)12:56:00 ID:
    2:2016/10/10(月)12:56:39 ID:
    3:2016/10/10(月)12:56:55 ID:
    BTA-6:ロシア
    4:2016/10/10(月)12:57:10 ID:
    ラ・シヤ天文台:チリ:アタカマ砂漠
    『【宇宙】天体観測の風景を置いておきます』の続きを読む

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    1:2016/10/23(日) 23:39:00.19 ID:
    ルーマニアで、約25万年前のものとみられる、アルミニウム製の謎の物体が見つかっていたことが分かった。物体の形状は人工的に加工されているように見えるが、人類がアルミニウム精錬に成功したのはたかだか200年程前のことであり、常識では説明がつかない。このため古代に地球に飛来したUFOの部品である可能性が指摘されている。

    問題の物体は1973年、アイウドの町に程近いムルシュ川岸の地中から出土した。発見後、長期にわたって機密扱いとされ、最近になってようやくその存在が明らかになったという。

    発見時の状況は、川岸で土木工事中だった作業員が、地下10メートルの深さに埋まっていた奇妙な物体3つを掘り出したと伝えられている。ある考古学者がこれらの物体を買い付けて調べたところ、3つの物体のうち2つは、1万年~8万年前に死んだ大型絶滅哺乳類の化石であることが判明した。残る1つの物体は、非常に軽い金属製で、斧の一部のような形状をしていた。

    問題の金属体は、2つの化石といっしょにルーマニアの都市クルジュ=ナポカに送られ、専門家によって分析された。物体の大きさは、長さ20センチ、幅12.5センチ、厚さ7センチ。何かもっと大きな機械の部品であることを想起させる人工的な凹凸があった。

    クルジュ=ナポカでの分析の結果、物体は12種類の金属から組成されており、このうち90%の成分がアルミニウムであることが分かった。また年代は約25万年前のものであることが確認された。

    当時の分析結果が正しかったことは、後にスイス・ローザンヌの研究所の調査で確認されている。人類がアルミニウムの精錬に成功したのは、英国の化学者デービーが1807年に明ばん石(アルミナ)を電気化学的方法で分離したのが最初とされており、アルミニウム製の人工物が25万年前(ホモ・サピエンスの出現とほぼ同時期)に存在していたとすると、これまでの考古学では説明がつかない。

    一方、この物体について郷土史家ミハイ・ウィッテンバーガー氏は、第2次大戦時のドイツ空軍の戦闘機メッサーシュミットMe262の部品であると主張している。しかし、25万年前のものとした年代測定結果とは矛盾する説明であり、いまも結論は出ていない。

    この謎の物体は現在、クルジュ=ナポカ歴史博物館に展示されている。説明プレートには「由来不明」と書かれているという。




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    1:2016/10/13(木) 07:45:33.49 ID:
    古代人の謎の足跡400個超、年代と成因が明らかに | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
    http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/101200386/
     
    アフリカに暮らすマサイが「神の山」と呼ぶ火山から15キロほど離れた地点に、人類の足跡が状態よく大量に残されている。これまで謎とされてきたその年代が、1万9000年前から5000年前のものであることが9月28日付けの学術誌「Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology」に発表された。

    400を超える足跡は、テニスコートよりも若干広い程度の範囲に散らばっている。場所はタンザニア、ナトロン湖南岸のエンガレ・セロにある泥地。これほど多くのホモ・サピエンスの足跡が残っている遺跡は、アフリカには他にない。(参考記事:「全長3万3000キロ 人類の旅路を歩く」)

    なかには、時速8キロ以上という小走りほどの速さで泥の上を複数の人間が駆け抜けたことを示唆する足跡があった。また親指の形がやや変わったものもあり、これはおそらく指に怪我をしていたのではないかと推測される。

    その他、主に女性や子供からなる12人ほどのグループが、一斉に南西の方角に向かって歩いたような足跡も見られる。エンガレ・セロの泥の上には、彼らが一歩踏み出すごとにその足から落ちた泥のしずくの跡までがくっきりと残されている。

    「初めて現地を訪れて車から降りたとき、私は涙ぐんでしまいました」と語るのは、調査チームのリーダーを務めた米アパラチアン州立大学の地質学者、シンシア・リウトカス・ピアース氏だ。

    「私は人類の起源、つまり我々はどこから来たのか、我々が現在の我々であるのはなぜなのかといった問題に強く惹かれます。足跡の遺跡に私たち人類の歴史を見るのはとても感動的でした」

    エンガレ・セロの他にも、長い年月を越えて残ってきた人類の足跡は存在する。たとえばオーストラリアのウィランドラ湖遺跡には、およそ2万年前に付けられた700個の足跡化石がある。また南アフリカの海岸沿いの2つの遺跡には、12万年前に生きていたホモ・サピエンスの足跡が残っている。(参考記事:「人類の出アフリカは定説より早かった?」)

    エンガレ・セロから南西へおよそ100キロの位置にあるタンザニアのラエトリ遺跡には、はるか360万年前の足跡があり、これは人類の祖先であるアウストラロピテクス・アファレンシスのものではないかと考えられている。(参考記事:「初期人類の少女の化石発見」)

    エンガレ・セロの遺跡で特筆すべきは、足跡の数の多さと多様さだ。こうした特徴が、アフリカにいた人類の祖先がどのような暮らしを送っていたのか、その一端を非常に具体的に推測することを可能にしてくれる。(参考記事:「アフリカ以外で最古の人類の足跡」)

    「この遺跡はきわめて複雑です」と、米ニューヨーク市立大学の古人類学者で、今回の調査チームに参加しているウィリアム・ハーコート・スミス氏は言う。「特に多くの足跡が付いている場所が1カ所あり、我々はそこを『ダンスホール』と名付けました。これほどたくさんの足跡が1カ所に固まって残っている例は見たことがありません」(参考記事:「謎の人類ホモ・ナレディ、手足は極めて異例だった」)
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